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Prologue

巨大な魔法陣であった。
軽く百人は収容できそうな部屋の床一杯を使って描かれ淡く頼りなく発光している。
それを胡乱な瞳で見やり、おのれの金茶の髪を手で乱暴にかき混ぜながら男は後ろの友人を振り返った。
「お前もこりない男だゲイル。散々空振りしたあげくやっと召喚されたのは訳の分からんモノだったというのにまだこれを試そうとするのか?」
「リドワーン。前回までは陛下のご意志故でした。そして陛下がいらっしゃらない今になってみればこれは我らに残された唯一の希望です。」
問われたやたら線が細い男は秀麗な顔を歪ませて答えた。
「正に逆転を賭けた大勝負ですよ。」
皮肉げな笑みの友人とは対照的にしっかりとした体躯をもつ男、リドワーンはかぶりを振る。
「俺は奴が召喚されたのは結果として良かったと思ってる。アレは陛下を良い方向へ導いてくれた。お前もわかってるように陛下がこんな分の悪い賭けに乗ったのはただの自棄だ。その自棄が収まった以上こんな事は茶番だ。」
「しかし…」
「まぁ…いい…それこそ藁をもつかむって気持ちは俺にもあるからな。」
リドワーンは友人を遮り魔法陣を見やる。
そして、何かを振り払うように手にした白墨を陣に近づけ最後の一線を書き加えた。
「諸精霊の王の召喚…確かに精霊王(イブリース)がつけば怖いモノはないが…」
何度も何度も空振りに終わった魔法陣がまた完成した。
出来上がった魔法陣はゆっくりと収縮を始める。
二人は知らずのうちに息を呑んでその様子を見つめる。

ふと、陣の中心に何かが揺れた。

「?!…おいっ!!」
ゆらりと炎のように蠢いた光は瞬く間に輝く強さを増し、視界を奪う。
「リドワーン!!何か来ます!!」
「『また』訳のわからないモノが来ないように祈るか?」
自嘲気味に笑ったリドワーンをよそに輝きの中心から人影が現れる。
途端に突風が吹きすさび細いゲイルの体をなぎ払った。
その時二人は同時に何か大きな力を感じた。
何か、この場で頭を上げていることすらはばかられるような大きな力。
光が段々収まってくる。
それに準じて魔法陣の中の人影ははっきりとした輪郭を表す。
中心に立つのは少女だった。
「……ゲイル!?」
「落ち着きなさいリド。精霊(ジン)の姿に惑わされてはなりません。」
リドワーンの片手で首を折れそうなか細い少女の、いやに強い視線が二人をとらえる。
少女は二人が見たこともない衣服を纏い、堂々たる佇まいであった。
大きな双眸がひとつ瞬き、そしてゆっくりと小さな唇が開いた。
「ねぇ…」
二人が見たこともない衣服――それは異世界ではこう呼ばれる――セーラー服のリボンが風の残滓にはためく。
羽織っただけのコートの下から覗くスカートも小さく風を孕んで膨らんだ。
子供の音域を抜けきらない高い声がやけに大きく響いて告げた。


「お兄ちゃんを…返して。」


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