stray

01


私はお兄ちゃんが大好きである。

しかもその愛情が些か常逸をきしている自覚もある。それは所謂恋愛感情ではないことは確かだが、万一(億が一、兆が一、そんなことは有り得ないが)兄が望むなら日本国どころか世界中のどこの国でも許されないであろう実兄妹で禁忌をおかす――単刀直入に言うなら兄の子を生むことも厭わない自信がある。
「やっぱあんた危ないわ。」
「そうかな?私は真名の気持ち解るよ?真名のお兄ちゃんスッゴい美形じゃん。」
訥々と兄への思いを独白してたのに突っ込みありがとう友人達。
ただお兄ちゃんに手を出したら許さないから。
「真名はその重度のブラコンさえなければとってもいい子なのに。」
人の頭をなでながら溜め息をつかれても正直困る。
何度も繰り返すように私の気持ちの根本にあるのは禁断の恋慕でも狂おしい情欲でもなく溢れんばかりの親愛や敬愛の情であり、ただそれがお兄ちゃんがからむと世間の常識のひとつやふたつは簡単に超越してしまうほどに行き過ぎて(一応自覚はあるにはある…うん)いるだけなのだ。
「ただ…お兄ちゃんの外見だけに私が惹かれてると思うならあなた達もまだまだ私が分かってないようだねワトソン君たち。」
「誰がワトソン君じゃこのホームズめ。」
頭を撫でていた手が拳骨の形に移行されグリグリされる。
痛いのだけど友よ。
「私は真名のこと凄いと思うよ。あんだけ顔が完璧なお兄さんがいて腐らず妬みもせずににまっすぐ育ってて。」
なにやらそれは失礼な発言ではないか友その2よ。
「誉めてるのさ。」
じゃあ何さその可哀想なものをみる目は。

そうやってじゃれあいつつ高校からの帰り道をうだうだと歩いて直ぐに家についた。
うちは両親共働きだからバイトからお兄ちゃんが帰ってくるまでは私は家に独りなのである。

リビングに足を踏み入れてふと足元を見下ろしため息をついた。

「まただ…」
淡く発光するマンホールより一回り大きい位の模様がそこには浮かび上がっていた。
別に気にすることなくその真上を横切る。
みるみるうちに収縮していく円を基調とした模様は最後に一瞬輝きをますと完璧に掻き消えてしまった。
「最近頻度高いなぁ。」
この一週間だけで多分四度目だろう『魔法陣』の出現に私はいい加減うんざりしていた。
こんなもの何の意味もなさないのに。
あれは網で私を掬いとろうとしているのはわかる。
が、あんな小さなんじゃ金魚すくいのポイで鯉を掬うようなもので鯉に掬われる意志がなければとてもどうにもならない。
「いい加減あきらめてくんないかなぁ。」
そしてまな板の上におかれることがわかっていてわざと掬われる鯉もおるまい。
魔法陣には入った相手をつなぎ止める呪文が組み込まれているが素直に従ってやる義理もないので華麗にスルーしてしまう。
魔法陣など要はその上にのらなきゃいいので別に実害はないし私以外の人間に見えないことははっきりしてるからほっといてはいるけどね。
でも流石にうっとおしいにはうっとおしい。
「お風呂とか大変なのに…」
それが風呂場に出現した日には私は温かい湯船から一時的に放逐されなきゃならない、まだそう言う事態に陥った事はないが学校とかのトイレにでたらどうしようと思うよ。
『呼び出し』は無視し続けるしかないのだが出来ることならば苦情を相手に言ってやりたい。
「軽くストーキングされてる気分?」
もはや先ほどの異常現象(現代日本に置いていきなり床に魔法陣が出現するなど異常現象といって差し支えないと思う)の名残すらないフローリングをちらりと見やり、私は夕飯の支度にキッチンへと向かった。

バイトから帰宅した兄と一緒にほのぼの夕食をとった後自室へ戻った。
ベッドにダイブすると満腹感に付随する眠気が襲ってくる。
朧な思考。
今日のカレー(今月三回目――私はほぼこれしかまともに作れない)は渾身の出来だった。
あぁ、宿題やってないけど今日は寝ちゃおうかな。
頭が眠気で働いてないな私。

「あ…また…」
ボンヤリベッドの上から部屋の中を見渡すと入り口付近にまた魔法陣をみつけた。
対象の私からあんなに離れた所に出てきてもねぇ。
よく見ると術式が荒い。
本日二度目だから結構急いで描いたんだろうな。
だからあんな的外れな場所に出来ちゃったんだな。
ウトウトしながら小さくなっていく魔法陣を見るともなく見る。

その時だった。

「真名〜お前風呂はいっちま…」
ガチャリとドアが開きお兄ちゃんが部屋に入ってきた。
「「あ」」
お兄ちゃんが魔法陣に足を踏み入れた瞬間今までより強い光が魔法陣から発せられる。
二人同時に間抜けな呟きを漏らした。

「お兄ちゃんっ!!!」
我に返ったのは全部が終わった後。
時間にしてみれば約三秒後。
ベッドから飛び起きて私はもう何もない床にしゃがみ込んだ。既に予想通りお兄ちゃんごと魔法陣は掻き消えていた。
「嘘…」
なんて事だ、あれは私以外には作用しない筈なのに――筈も何も事実の前にはなんの意味もなさないのだが。
一つですら描くのにかなりの時間を取られるであろう魔法陣だから今日2つ目の急いで描いた筈のアレには何かミスが会ったのだろうか。
あぁ!!原因なんてどうでも良い!!
多分血の気の引いた真っ青な顔を両手で覆う。
今しなければならない、出来ることを必死で考える。
原因もなにもわからないがただハッキリしているのは一つの事実。
私にとって富士山噴火並みの大イレギュラーが起こってしまった。


お兄ちゃんが異世界――多分こう言うのが一番正しい――に召喚されてしまった。





その後私がしたことはお兄ちゃんが帰宅した痕跡を消すことだった。
お兄ちゃんがその日履いていたスニーカーや着ていたコート、持ってたバックなんかをベッドの下に押し込めると帰ってきた両親を迎えた。
「あれ兄ちゃんは?」
と聞かれたので
「自分探しの旅。」
と答えておいた。
お兄ちゃんは頻繁に自分探しの旅とやらにでるから余り不自然な言い訳ではない。
まさか『異世界に飛ばされちゃった』なんて口が裂けても言えない。


そうして一週間私はジリジリと日々を過ごすことになった。

私がそれどころでなかろうと両親は当然の如く学校を休むのを許してくれない。
結果一週間に渡り私は全く授業の内容が頭に入らなかった。(次の定期テストの事は忘却の彼方にやることにした。)
そしてお兄ちゃんが召喚されてから一週間後の放課後、再び魔法陣は出現した。

出現したのは良い。
当初の予測よりずっと遅かったとか、HR終了直後だとかいうのもまぁ、許そう。
何故出現場所が私の現在位置(四階自教室)ではなく五十メール離れた校庭のド真ん中なのだろう!!
「ごめん先帰る!!」
いつも一緒に帰る友人達に告げ私は一目散に走り出した。
「真名?!あんたマフラー!!」
後ろからの声に答える余裕はない。
コートをキチンと着る余裕もない。
体育祭でもかくやと言うほど必死で廊下と階段を疾走する。
げた箱の中のここ一週間はずっと持ち歩いている当座の着替えの詰まった鞄とローファーを引っ張り出しかわりに上履きを突っ込む。
校庭へ走り出ると目指す魔法陣はゆっくりと縮み始めたところだった。
酸欠気味の頭で旅立つ前の最終確認(まぁ、今更気づいたところでどうしようもないが)をする。
自室の机には『来年は受験だしその前に自分探しの旅にでます。暫くたっても戻らなかったら休学届をお願いします。』と書き置き(間抜けなことに一週間前からずっと置きっぱなしだ)してある。
普通女子高生がそんなことをすれば速攻警察に届けられるが、幸か不幸か我が家の長男はそういうことをしょっちゅうやってるからまぁ、暫くは誤魔化されてくれるだろう。
多分。
あぁ…今更ぐだぐだ悩んだところで仕方あるまいに私は。

そうこうしてるうちに魔法陣まで十メートルを切った。

私は行かねばならない。

――あと5メートル

たとえ何があろうとこの世界には私しかお兄ちゃんを迎えにいける人間は存在しないのだから。

――4

だってお兄ちゃんは格好良くて、優しくて、ちょっとお馬鹿だけどいつでも真っ直ぐで。

――3

――2

そしてたかが高一かそこらで小学生の妹がいった「私実は前世は別世界で大精霊だったんだよね」なんていう荒唐無稽なお伽話にしか思えない真実を信じてくれるくらいおっきい人で。

――1

私はお兄ちゃんの為ならかつて去った世界に行くことすら厭わない程お兄ちゃんが大好きなのである。


――0・・・・・・・・

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