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03
「おっはよ〜ごさっいまっすぅううぅう〜!!」
勢いよく扉が蹴破られ侍女らしき格好をした人物が飛び込んできた。
起きてからずっとリドさんゲイルさんを待っていた私は本気でビックリしてしまい思わずひいっと悲鳴を上げてしまった。
不可抗力…と主張させてください。
昨日夕飯とお布団を持ってきてくれた侍女さん……ではないよね?
無言で入ってきて夕飯のおかゆ(らしきもの)とお布団を置いていった侍女さんはそれはそれは無言無表情で私はただ呆然と用意が整うのを眺めているしか出来なかったのだ。
彼女はこちらを向くとニッコリ微笑んだ。
「マナさんですね?!ローゼンベルグ将軍の命によりお迎えにあがりましたわ!!!さぁ!さあ!お立ちくださいまし!!時は移ろいやすく花は朽ちやすく…我々が無駄にして良い時間は毛の先ほどありません事よ!!!」
この人朝っぱらから何でそんなにテンション高いんですか?
ってゆーかあれ?
テンションの割に滅茶苦茶声が低くありません?あと昨日見た同じ侍女服(どうやらここの制服なのかな?)から覗く手とか腕がゴツいんですが?
「えーと……」
「あ、お荷物はそのままで結構ですわ。汚れ物だけ出しといてくださいね?」
「いや…あなたは…」
「あぁ!!ローゼンベルグ将軍のお屋敷で女中頭をしておりますマリアと申します!!」
「えっと…男性の方…ですよね?」
全体的にゴツいしデカいし。つーか顔がもろ男性だ。
「そうですが?なにか?!!」
そんな素敵な笑顔で堂々断言されても逆に突っ込みに困る。
いえ…はぁ…マリアさん…素敵な源氏名ですね。
「さぁ、参りましょう!!!」
マリアさんは私の手を(何故か恋人つなぎで)繋ぐとずんずんと歩き出す。
それに引きずられるように私はこの世界に来て初めてあの白い部屋の外に出た。
そこは外廊だった。白亜の壁、大理石の床、ギリシャの神殿みたいな柱(あのナントカ式とかいうやつ)の向こうにはきちんと整えられた広大な庭が広がっていた。
昨日のリドさんの言葉通り此処が王宮と言うならば――ヤッパリここの国は強大な国なんだろう。
ズンと心が重くなるのを感じた。
「あの…ローゼンベルグってのはリドさん…ですよね?」
ゲイルさんは別の名字だった気がする。
正確には覚えてないけど。
「はい!その通りで御座いますわ!」
そうか、あの人お偉いさんだったんだ。将軍かぁ。まぁ見るからに武人って感じだったしそこは意外でもないかな。
ところで歩いても歩いても景色が変わらないんですが。
その内些か廊下のあまりの長さに辟易してきたので話し掛ければ特に嫌がる様子もなく気さくに答えられた。
「えーっと…廊下長いですね。リドさんはどちらに?」
「まぁ、大陸有数の巨大な宮殿の廊下ですからね。将軍は宮廷内の執務室においでですよ。」
大陸有数ですか…これまた余計なオプション付きましたね。
また暫く歩いてこちらです、と示された扉をくぐるとそこにいたのは何故かリドさんではなくゲイルさんだった。
「あら、いらしてたの?」
マリアさんは気安い感じで話し掛ける。
「はい、リドは少し用事が…あぁ、お茶は結構です。どうぞお気遣いなく。」
「あらそう?じゃあ、私はお屋敷に帰ってると伝えて頂戴。じゃあ、マナさん。失礼しますわ。」
「はい、確かに承りました。」
悠々と鼻歌混じりに退出した長身の侍女(男だが)を見送った後ゲイルさんは私を真っ直ぐ見つめるとふわりと笑った。
「おはようございます。良く眠れましたか?」
「あ、はい…えっと…」
直ぐにでも本題を切り出したいところだが言い出し方がわからず思わずどもってしまう。
「まず、一つお話ししておきたい事があります。」
第一声を掴みあぐねるうちに全てのペースは完全に相手に持って行かれてしまった。
そう気付いた時にはすでに遅く、ゲイルさんは私に向かい深々と頭を下げてくる。
年上の男性が突如とった突然の行動に私は思考ペースをいとも簡単に乱す。
先刻にも増して言葉は意味を成さなくなり辛うじてあ、とかう、の母音が唇から漏れた。
「申し訳ありませんでした。私は貴女に嘘をつきました。」
「嘘…?」
どうにか単語を繰り返してみたが理解が完全に追い付かない。
嘘――といわれても私とゲイルさんは昨日、ほんの少ししか話していない。昨日の会話の内容に虚偽があったと言われても…
「今日、陛下にお目通りを願うことは不可能なのです。」
陛下…王…お兄ちゃんの召喚者…この城の、この国の支配者。
「あの…先方の御都合がつかないならば取り敢えずお兄ちゃんだけにでも会わせて下さい。送還はいつでもってわけではないんですけど、やっぱり早い方が良いんですけど、今日は良いんで。」
どう考えても私は王に会える身分ではないもんね。会いたいわけでもないし、むしろ出来ることなら会いたくない。
私にとってこの世界で今気にすべき唯一にして絶対な事柄はお兄ちゃんだけだ。
「…………本来この件は部外者には絶対に漏らしてはいけない事柄なんですが、貴女は事情が事情なのでお話します。」
きっ、とゲイルさんが顔を上げ私を見つめてくる。表情筋は微笑みの形を作っているのに目が笑っていなくてかなり迫力がある。
あ、ヤバい、なんか聞いたら後悔する気がする。
でも聞かない訳にもいかない。
何かはわからないけどお兄ちゃんに関係があることなら私は聞かなきゃならない。
「陛下は今、王宮にいらっしゃいません。単刀直入に申し上げます。何者かに拐かされた可能性が高い。そして貴女の兄上も同様に行方が知れないのです。」
誘拐?
お兄ちゃんが?
なんで?だってお兄ちゃんは本当にこの世界とは関係のない一般人だよ?
「何者か、と申し上げたように敵の正体は不明です。だが一つ言えることはその何者かはジンを用いて陛下を拐かした可能性が高い。」「ジンを…?」
「はい、この国は単純な軍事力ならば他の追随を許しません。宮廷には常に警邏の者がかなり詰めていますし陛下の周囲には常に相当数の護衛が待機しています。にも関わらず忽然と寝室から姿を消されました。陛下の最後の目撃情報によれば女官が寝室で陛下と貴女の兄君が一緒にい
たのを見てます。そして陛下と共に彼は姿を消しました。」
自分の心臓の音が耳につく。
グラグラと世界が揺れている錯覚に襲われる。
「マナさん?」
不信に思ったのかゲイルさんが私の顔を覗きこんできた。
冷静にならなきゃ。
今私がここで騒いだところでお兄ちゃんの行方はわからないしゲイルさんを詰ってもし此処を、王宮を追い出されたら私は無力になってしまう。
私にかつて精霊(ジン)だった時の記憶はほとんどない。
私はこの世界のことを何も知らないのだ。
異世界でなんの知識も力もない私が誰の助力もなくお兄ちゃんを――多分大国を揺るがすほどの事件に巻き込まれているであろうお兄ちゃんを探すなんて不可能だ。
「大丈夫…です。」
なんとか絞り出すように言えた。
ゲイルさんは私の様子を少しだけ眺めた後続けた。
「間違いなくこの件は建国以来一番の危機です。今この国には訳あって殆ど王族がいない、いえ王族であり王位継承権を持つ方がいらっしゃらないのです。臣籍に下った方で継承権を持つ方はいらっしゃいますが数も多いですしそうなれば間違いなく王位を巡り争いが起こる。それだけは避けたいのです。」
話の半分は頭に入らない。
「あの…」
「リドに貴女を元の世界へ帰させようと思います。」
どくんと心臓が一際大きく鼓動した。
「待って下さい!!!」
「今この状況が外部に洩れれば大変なことになりますし部外者を巻き込むわけには参りません。」
「お願いします!絶対誰にも言いません!下女でもなんでもして働きます!だから…!!」
「貴女は今何の力もないんでしょう?此処にいれば貴女の身も危険にさらされますよ。」
「それでもお兄ちゃんを置いては帰れません!!」
例え何も出来なくとも向こうの世界でお兄ちゃんが帰ってくるのをただ待つなんて絶対耐えられない。
私はゲイルさんの長いローブにすがりついた。
恥も外聞もこの際気にしていられない。
「お気持ちはわかりますが正直身元不明の者を王宮に置くわけにはいきません。しかも貴女が兄君の情報を望む限り国家機密を明かさねばいけなくなります。冷酷、と思われても結構です。それでも一臣下として私は王に及ぶであろう危害の可能性をを事前に潰す義務があります。」
もう今既に最悪の危害が及んでるじゃないかと叫び出したくなる。
でも、ゲイルさんの言っていることが正論だと言うことも同時に理解してしまった。
何か、何とかしてこの世界に留まる方策を考えなくちゃいけない。
例え王宮にいることを諦めたとしても私は王様誘拐事件を知ってしまった以上易々と外へは出してもらえないだろう。
ゲイルさんはきっと私をすぐに送還するつもりで機密を漏らしたんだ。
何だか泣きそうになってきた。
「…っ…」
駄目だ。
泣いて同情して貰って此処に置いてもらえるならばいくらでも泣くだろうけどきっとこの人はそんなもの効かない気がする。
それでもジワリと視界が歪む。
悔しかった。
何も出来ない自分が悔しくて仕方がなかった。
同時にもしお兄ちゃんの身に何かあったらと考えると怖くて仕方がなかった。
とうとう耐えきれず涙が頬を伝う。
泣いている顔を見られたくなくて私は俯いた。
「…泣かないで下さい。」
声とともに伸ばされたゲイルさんの細くて白い指先が涙を拭き取ってくれる。
「――一つだけ貴女が此処にいられる方策があります。」
続けられた言葉に勢い良く顔をあげれば相変わらずの微笑がそこにはあった。
「マナさん、精霊(ジン)時代の知識はないそうですが魔術師と精霊(ジン)がどうやって契約を結ぶのかご存知ですか?」
私は黙って首を横に振った。
「魔法陣によって呼び出されたジンの内、低級なモノは存在自体が不安定です。だから装身具などの宝石に封じ込め使役する。アガシオン、と言います。アガシオンとは有り体に言えばそこに在ることを許す契約のことですです。」
在ることを許す契約――。
「兄君の事はすぐに送還しなかったこちらにも非はあります。だから私も出来る限りの事がしたい。マナさん、リドは貴女を呼び出しました。彼と主従になれば、彼により貴女は此処に存在することを許される――」
ゲイルさんの双眸が妖しげな光を放った気がした。
まるで人間に魂を差し出す契約を提案する悪魔のようだ。
でも、私に選択肢は他にないのだから――私は小さく頷いた。
「貴女が此処にいる事を望ならば、リドと契約を結んでいただけますね?」
それは提案の形を取ってはいるがどこか命令めいた言葉だった。
こうして私は出来うる限り関わるまいと思っていたこの世界のゴタゴタに深く関わることになる。
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