stray

13


いくら私でもね、そろそろ部外者でいるのには限界かなって思ったのが一つ。
大体何の訳にもたってないのにキャンキャン、文句ばっかり言ってる現在状況に我ながら嫌気がさしているのが一つ。
働かざる者食うべからずでしょ?
もはや、今頃お兄ちゃんは首どころか全身をこの問題に突っ込んでいるに決まっているから、お兄ちゃんを取り戻す前に出来るだけの問題を解決しといてお兄ちゃんが帰ってきました、はい、さようならにしたいと思ったのが一つ。

そして何より……私が持ちうる最強で最凶のカード、このまま行けば遠くない未来に切っていたかもしれないそれを回避するため、私は今この国が抱え込んでるゴタゴタに首を突っ込むことにした。

だって仕方ないじゃない。
お兄ちゃんとは比べ物にならなくたって私は今意外とこの世界の人達を好きになってしまっているんだもの。
別にいいよね――?
ねぇ、お兄ちゃん――
大切なものが一つ以上在ってもいいよね――?

きっとこの世界も許してくれるよね――?






「マナ。」
リドが私の名前を呼ぶ。
先程一瞬かいま見えた表情は最早あと片もなく消えている。
「帰ろう、リド。」
駆け寄って腕を取り引っ張るように歩き出す。

でも、リドは動かない。
まだぐるぐる巻きのままのポチとシンシアを交互にみて何かを言いたそうにしている。
シンシアは気づいているはずの二人の視線を黙殺し、老師がリドとゲイルさんの視線からポチを庇うように立った。
二人ともそれにあからさまに眉をしかめたけれどシンシアに退室を命じられると大人しく引き下がった。
緊急事態だからと後宮(ハレム)に入ったらしいので、何もなかった(とシンシアが言い切る)以上一刻も早く出ねばならないらしい。

帰り際シンシアが私を手招きして耳打ちした。
「全部きちんと私から話したいからマナは何も言わなくて良いわ。何か聞かれても私に何も言うなと命じられたと言って頂戴。」


「何が起こったんですか?」
案の定、後宮(ハレム)からの帰り道、ゲイルさんが尋ねてきた。

「シンシアが言っちゃ駄目って……」
言いながらリドの表情を仰ぎみる。
シンシアになんと言われたところでリドがもし命じるならば私は言わなくてはならない。
しかしリドはそうか、と呟いただけでそれ以上は追求してこなかった。

「聞きたくないの?」
あまりにあっさりしていたので拍子抜けして思わず尋ねる。
「姫の命だろう。従わない道理がない。」
たとえそれがどんなに理不尽な命でも――とまでは言わなかったもののリドの言葉の端々からそんなニュアンスが読み取れて、けれどそれは私の深読みでしかないと気づき私はそっと目を伏せた。
なんとなく、リドはその事に対してなんの不満も持ってないのではと感じた。
リドにとって王族の命に従うのは当たり前のことで、そこに感情や理屈や善悪すら存在しないのかも知れない。

けれど、絶対自分に逆らわない刃向かわない存在なんてどうなんだろう。

間違った事を言ってもただされることなくそれが粛々と実行されたら――


「怖いかも…」

ふと今までぼんやりとしか考えてなかった『ソーマ』と言う人物に対して想像を巡らし、ほんの少しの寒気を覚え肩を震わせた。








ゲイルさんと途中で別れ邸に戻るといつも通りの微笑みと共にマリアさんは迎えてくれた。
マリアさんの美味しい夕食を食べて、リドは仕事が残っていると書斎に篭もり、私は後かたづけを手伝うことにした。

「マリアさん。私、マリアさんを手伝うことにしました。」
「あら?今もきちんとお手伝いしてくれてるじゃない?……冗談よ。そんな顔しないで。………いいの?」
マリアさんの表情には私に対する労りがあった。
私を巻き込む事に躊躇してるのかもしれない。
だからきちんと目を見て頷いた。

「ついでですから。私が取り組まなきゃいけない問題の一つがマリアさんと被っていると思うんです。」
マリアさんが銀食器を磨く手を止める。
「聞いてると色々あるみたいねぇ…アナタの抱えてる問題って。」
そりゃもう、今ここで整理のために羅列しようとするだけでげっそりする程の量と質ですよ。
この世界に来るまではブラコン(もはや、お前のは病気だとよく言われていた)以外は自他共に認める平均的女子高生が間違っても背負うものではないです。

そうだ――
一応、整理――しとくべきだろう。
「…マリアさん?紙と書くものありますか?」
それには頭の中でごちゃごちゃ考えることよりも紙に書き出してみた方がいい。
「あるわよっ!ちょっと待っててねっ!!」

そして用意して貰ったわけだがここで問題が発生した。
書くものが羽ペンで紙が羊皮紙――本気でどうすればいいか分からず、マリアさんに教えてもらいながら書くことになった。



「それがマナの世界の文字なの?」
「これがあちらの世界で私がいた国の文字です。あちらでも私の国しか通用しない文字なんです。」
「ふぅん…まぁ、こちらでも地の果ての国では違う文字を使ってるらしいけど、このあたりの国は全部同じ文字よ…それを思うと不便ねぇ…」
「えぇ、不便です。」
脳裏に日本の中高生が須く苦しめられることとなる大して近くもない国の文字たちを頭に思い浮かべながら即答する。

書きなれない羊皮紙にペン先を引っ掛けたり、インクがどばっと紙の上に落ちたりとてんやわんやのすえ、私は一枚のメモ用紙を完成させた。

「汚い…」

しかしその思わず落ち込む程の汚さと言ったら――そりゃあ、要点を箇条書きで書き出した所謂、『殴り書き』ではあるが飛びまくったインクや掠れまくった字や所々にある黒いシミたちには戦う前から戦意を喪失させられてしまう。
「マナの国の字は変わった文字ね。」
マリアさんが手元を覗き込んできて興味深そうに言った。
いや、本当はもう少し整った文字です。
――まぁ、いいや。要は内容だ。内容。

そこに書き出したのはこちらの世界で私がわからないこと。
取りあえず思いつくい限り全部を列挙した。

******

1、どうして王様は精霊王を呼んだのか。
2、お兄ちゃんはどこにいるのか。誰がお兄ちゃんと王様をさらったのか。何故皆王様の無事を疑わないのか。
3、リドと王様と太后の不仲、(リドのお母さんに関係あり?)
4、マリアさんが手伝って欲しいこと。(王家がらみ?)
5、例の噂
6、私にあるらしい利用価値、私の中の精霊王の欠片。

******

こんな物だろうか、単純にわからないこと、知りたいことも入れてしまえば――例えばマジュヌーンの事とか――もっと増えるんだろうけどお兄ちゃん救出に関係なさそうな事はこの際脇に置いておく。

お兄ちゃんとその召喚者である王様を無事に連れ戻すこと、連れ戻した王様にお兄ちゃんを送還してもらうこと。
出来ればこの二つの最優先事項の遂行に邪魔になりそうな事柄だけに集中したい。

それにしても書き出してみると結構な量だなぁ――一つですら手に余りそうなのに六つも抱え込んで私大丈夫か?

「あら、何て書いてあるかわからないけどホント結構な量ね……マナ?」

手掛かりなんてない、なんの力もない、お兄ちゃんを思う気持ちならば負けないけれどそれだけで良いと信じられるほどおめでたくもない。

「……ほーんと、嫌になるくらい多いですね…」
泣き笑いのような苦笑が知らず知らずの内に漏れ出た。
「マナ?」
「大丈夫です。どうにかしますよ。」
マリアさんの顔が悲痛に歪んだ。それは紛れもなく私の為に浮かんだ表情で、あぁ、この人は良い人なんだと思い知る。
「マナ…マナが辛いならアタシのことは手伝わなくても良いのよ?もし、手伝うことをリドが命じたって言うならばアタシが言って止めさせるわよ?貴女は…ここで私たちに守られててもいいんだから。」
「いや、大丈夫ですって。こないだは色々言いましたけど本当は別にこちらの問題に私、関わってもいいんですよ。」
ただ――あちらの人間でいたいだけで。
「アナタは優しすぎるのよ……」
マリアさんが首をそっと横に振った。
何だかマリアさんの顔が泣きそうに見える。
別に涙ぐんでいるわけでもないのに、ただほんの少し眉根を寄せ気遣わしげに微笑んでいるだけなのに。
私はとっさにマリアさんが悲しんでいると感じた。

「そ…そんなことはないですよ?!」
慌てて否定の言葉を吐く。
実際そうでないことを私は自分できちんと自覚していた。

「マナ。何事にもやり方があるのよ。自分を犠牲にしてしか立ち行かない事でも、自分が苦しくない犠牲のなり方が絶対存在するわ。」

正直、マリアさんの言葉にはギクリとした。

もしかしたら、マリアさんは全部を知っているの――?
そんな馬鹿な想像が頭をよぎる。
本当に馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
ふう、と溜め息をつく。
もし知っていたとしたら私のことを優しいなんて言ってくれるはずもないから。
「大丈夫です。」
むしろ優しいのはこの人だ。
こんな優しい人に心配かけるなんて私はどれだけ駄目駄目なんだ。

今まで一番力強く言い切れた。
一番綺麗に笑えた。なのに、マリアさんの顔が益々歪む。



ふと、視界が黒く染まった。


暖かいとまずそう感じた。


「マッ……マリアさん?!!」
抱きしめられたと気づいて、一気に顔が火照った。
初心(うぶ)とかそれ以前の問題で、こちらは交際経験のない女子校通いの女子高生。
家族以外の男性に抱きしめられた事などない。

かといって暴れることもできず固まったまま顔の火照りとマリアさんの腕の暖かさだけを感じる。
メイド服の上からでもわかるほど筋肉がついている固い腕が背中に回され、大きな手が優しく髪を梳く。

「自分を責めないで――」

思わず瞠目する。
この人は本当に悟りの化け物かなにかだろうか。
何故こうも何も知らない癖に的確なことが言えるのだろうか。
あぁ、そう言えばお兄ちゃんにもこういうとこあるや。
あの人は普段はあり得ないほど鈍感なのにここぞと言う時はまるで全てを見抜いているような言動をするんだ。


お兄ちゃんとマリアさんの共通点を見いだして私の体から反射的に力が抜けた。
まだ、少しドキドキはするけどお兄ちゃんと似た人の腕の中だと言うならばそこは私にとって愛を囁かれたりする場所ではなく、絶対的な安らぎの場所だった。

マリアさんの腕と体の隙間から食卓に置き去りにされた私のメモ用紙が見えた。
私の目の前にある六つの難題。
その紙の最後の行に書いた後にぐちゃぐちゃに消した文字列の残骸が残っていた。

それは私の中に残った精霊王(イブリース)の欠片と聞いて真っ先に思い浮かんだ物だった。

でも、それは私の力ではない。
私が『真名』である限り決して私の物にはならないモノへの知識だった。
多分こんな風に召喚されてしまった時の為のもっとも有力な、だからこそ人間になっても残された知識。
私があの世界に返してもらう為の最強の切り札。
けれど、今回の件に関しては全く役に立たない知識。
私が持てる、最強最悪の鬼札。
最後の行に書かれた文字。


7、私は■■べきだろうか。





「リド?ちょっといいかな?」
ノックの後の問いかけの後、数瞬の沈黙をおき、リドが入れと言った。
黒くて重い見るからに高級そうな木製の扉をあけ、入るとランプの光に頼りなく照らされた机の傍に目的の人物はいた。
「暗い…目、悪くなるよ?」
明らかに書き物をするには不適な薄暗い室内を見渡す。
「もう切り上げるつもりだった…どうした、こんなに遅く?」
子供は早く寝ろと言外に言われた気がして少し気を悪くしたけれど気にしないことにして近づいて行く。

「一つ聞きたいことがあるの。」
聞きたいことは本当は一杯あるんだけどね。
それをこの人が正直に答えてくれるはずがない。
私に集まる情報量の少なさは私のこの世界への拒絶の為だけじゃない。
きっと意図的にこの人は私に対する情報を絞っている。
だから、真正面から馬鹿正直に聞くわけにはいかなかたった。
それでも聞けること、リドが答えてくれそうな問いを探して一つに絞ったのだ。
これは、私が聞く権利を持つ問いだ。

「何だ?」
「何でリド達は王様が『誘拐』されたってわかるの?殺されてるかも知れないじゃない?」

まったくもって縁起でもない質問に案の定リドは顔を顰める。
私だってこんなことは聞きたくはないけど――だって、王様が殺されてるならお兄ちゃんだって――
いやな想像に身震いして返答を待つ。
「……明日、その辺りの暇な兵士や侍女でも捕まえて先王の死について尋ねてみろ。それが答えだ。」
「は?」
緩慢な動作で、ランプの明かりが消され、部屋にはカーテン越しの月光しかなくなった。

「おそらくお前が知りたいすべての事に関して高官には太后から緘口令が敷かれている。俺は言えない。自分で探れ。その分では見逃してやる。」
もはや黒い塊のようにしか見えないリドが私の横を通り廊下へと出て行く。
「お前が見つけてきた答えが正解かどうか位は教えてやる。」
子供は早く寝ろ、と今回ははっきり口に出して言ってどこかへ行ってしまった。


「何で謎を解きに来られて謎を増やしていくかなぁ…」
そうですか、先王の死にも何かあるんですね。
わーい(棒読み)。

――最初から一筋縄でいかないとは思っていたけど、一つも解けないうちに増やされていく謎に軽く眩暈を覚えた。


とりあえず、この謎を解いたらまた新たな謎が――!!!という展開にはならないように祈ろう。
王族に命じられたというならリドは決して口を割らないだろう、他の人たちも然りだから多分、さっきのヒント(?)はリドなりの誠意だと信じよう。

とりあえず明日は午前中に老師に呼ばれてるからそのあと聞き込み。

明日の予定(と言えるほどのものでもないが)を頭の中で決めて私はリドの書斎を後にした。

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