stray

24

ガラじゃないんじゃない、と頭の中で私の声がする。

太后は私を嫌っているって明言してるし何より王族に不敬を働けばどうなるかわかったもんじゃないじゃない。
最悪殺されるかも知れないし。

お兄ちゃんと一緒に日本に帰るんでしょ?
あの、病気でもない限り命の危機なんて現実味を帯びない、フワフワしたぬるま湯のような世界に。
命知らずの無鉄砲はお兄ちゃんの専売特許じゃない。
一見無謀としか見えない強い意志の力も、無謀としか思えないのに何故かどうにかなってしまう強運も私にはないのにいったいどうするの?

でも――

「リドを…召喚主(マスター)を…助けなきゃ。」
彼を傷つける全ての事から守るなんて出来なくても目の前で傷付くのを黙って見ているわけにはいかないじゃない。
だって、本当は私は――


******


「シンシア。」
「あらマナ。いらっしゃい。」
「太后様にはどうやったら会える?」
出会い頭唐突に出された問いにもシンシアは少しも動じることなくこわくてきな笑みを浮かべた。
それは男を掌で転がす美女が浮かべる様なもので、まるで焦らしさえも面白くする為の香辛料の一つだとでも言わんばかりの笑みだった。

「母上に話したって無駄よ?」
「なんでよ!?って言うかシンシア知ってるの?!!」

先刻起こったばかりの話題に簡単に付いてくるシンシア。

「後宮(ハレム)の支配者たる者、情報網の一つや二つは持ってないと。私(わたくし)は最近作り始めたばかりだけどこの子のお陰で王宮内の情報収集能力は母上と同じくらいよ。」
シンシアはそう言ってしなやかな両足を撫でた。
「だから言ってあげるわ。母上の所に行っても無駄よ。」

「だから何でよ?!」
「だって母上は『彼』を殺せなんて命令出してないもの。」
「……え?」
だってリドは確かに――

「暗殺命令を出せばソーマの王位の不当性を自ら喧伝するようなものじゃない?だから母上は何も言っていない。『先王の御落胤』なんていないんだからそもそも暗殺するべき相手なんかいないって事。」
「でも…!!」
「勿論暗に匂わせるような事は言ったでしょうね。マナはリドがその隠された意味を見抜けない程愚鈍だと思う?まぁ、気づいてしまった以上リドにとっては命令となんら代わりはないでしょうけど。」
私の思惑を完全に越えた『高度に政治的な』駆け引きとやらに思わず唇を噛んだ。ならば一体どうすれば良いのだろうか。
何とか命令を撤回させることしか考えていなかったのに。


「でも…兎に角会うだけは会う。リドを止めて貰わなきゃ。」

シンシアは視線を僅かに伏せた。
扇のような睫が瞳に陰を落とす。
「…まぁ、好きにすればいいわ。多分無理だと思うけど、アナタは存在自体がイレギュラーの塊ですもの。それに。」

ハルの妹ですものね。

とシンシアが言った声につま先を睨みつけていた視線を勢い良くあげた。

シンシアは先程までのものとは違う、どこか澄んだ苦笑を浮かべてこちらを見ていた。
母上はきっと東の宮にいるわ、とシンシアは言った。


*****

そこらにいた侍女さんを捕まえ半ば無理やり案内させる。
回廊を渡り辿り着いた先で侍女さんと別れた。
作戦が全く無い訳ではない。
その成功率は頭が痛くなるほど低いのではあるが。
せめて、もうひとつ決め手が欲しかった。

「……」

ここで、『切り札』を切るか

――否、駄目だ。

あれは両刃の剣。
自分より格上の相手に使えば一方的に私が傷つけられて終わる。

「…っ…」
兎に角何かマリアさんを救う計画を考えつかなければ――!!

考え込んで立ち尽くしながらふと視線を感じて振り返った。
回廊の柱の陰にまるで柳の下の幽霊のように揺れる姿。

「精霊王(イブリース)。」

「シンシア……じゃ、ないよね…?」

そこに立っているのは解りやすく言うならあれだった。
対戦ゲームとかである2Pカラーのシンシア。

肌も髪も目も。
全てがシンシアと違う色をしている為全く別人という印象を受ける、けれどパーツ自体は間違いなくシンシアその物の2Pカラーは先程より幾分明るい声で言った。

「シンと――」
「え?」
「シン。シンシアが与えてくれた名だ。そう呼んで欲しい。」

その声に初めて感情の色が灯った様に感じる。
どこか誇らしげに名を名乗り、シンシア2Pカラー改めシンはしかしニコリともせずに言った。
シンはきっとシンシアについた精霊(ジン)にちがいない。
見ていればシンとシンシアがミスハルと老師と同じ位置にいる一対だと何となく察せられた。
その点では当たりをつけた私は、突然現れた色違いの友人に驚くより、シンの用事を勘ぐるより、何より圧倒的な存在感を放つ美貌に思わず目を奪われた。

シンシアは元々、一流の彫刻家が魂を込めて作りたもうた彫像もかくはあらんと云うほど整った顔立ちをしているけれど結構頻繁に変わる表情のお陰であまり冷たい印象は受けない。
けれど無表情のシンを見て思う。シンシアはこんなに冷たく整った顔立ちだったんだ。
そういう所でリドとの血縁を深く感じる。

そうだ、私この顔に見とれてる場合じゃない。


「『殺戮の精霊王(イブリース)』よ。一つ伝えたい事がある。」
「……何?」
「お前の利用価値についてだ。」
「!!ちょっと待ってよ!?そっ、そりゃ教えて貰えれば有り難いけど……でもシンシアはそれについては教えられないって!!!!」

「無論、この件については私の独断だ。」
眉一つ動かさずにシンは言う。
「シンシアを裏切るの?シンシアを愛してるんじゃないの?」

シンの真意を計りかね、出た声は自分でも吃驚するほど困惑していた。
けれど、シンの答えには迷いも揺らぎも一ミクロンも無かった。

「愛している。恐らく精霊王(イブリース)が思うよりずっと。私とシンシアの間にあるのは絶対的な服従を強いる契約などではない。だから、シンシアを守るためには私はシンシアの意志にも反そう。」
「守る…?」
誰から?
「無論、もはやただ一柱と『なった』精霊王(イブリース)からだ。」
って、私――?
「お前に精霊王(イブリース)の記憶は無くとも精霊王(イブリース)にお前の記憶はある。だから、私はお前が、この先何があろうとも決してシンシアの生命を脅かさないと言う誓いがほしい。」
「……」

話に大体の見当はついた。
つまりシンは私に恩を売りに来たのだ。

「私が、シンシアに害を加えるように見えるの?」

けれどその前提になるのは私がシンシアを傷つける、否、さっきの言い方はまるで私がシンシアを殺す未来の確信のように受け取れる。
その点は気に入らなくてむっとして返した。

「『マナ』としてならば否。『精霊王(イブリース)』としてならば応。」
「…一体全体何をしたのよ…」
ここまでの言われようだといくら自覚は無くとも悲しくなってくる。



「……我らはお前を恐れるその程度の事だ。聞け。我ら精霊(ジン)は皆等しくお前を恐れ、忌避する。故に今この王宮を中心とする都一帯に精霊(ジン)は近付かない。契約に縛られたアガシオンですら術具の中から出ようとはしない。故に太后はお前を此処に置くことで『王殺し』に対しての守りとしている。」

のろのろと気の抜けた声が口から漏れ出た。
「へぇ……」
壮大すぎる話に感想が湧きもしない。

「…怒らないのか?」
少し意外そうにシンは問うた。
「まぁ、別に。」
ある意味私だってここの人たちを利用しているし。
自尊心とお兄ちゃんの命を天秤にかければ結果は火を見るより明らかだし。

「……この国の人間はいずれ精霊王(イブリース)の逆鱗に触れるだろう。奴らはお前を見くびりすぎている。『王』の名の持つ意味をまるで解っていない。それはもはや時間の問題でしかない。だが、私はその怒りからシンシアを守りたい。」

精霊(ジン)は誓いを破らない。
だから、シンは私に誓わせようとしているのだろう。

「……いいわ。誓う。私は未来永劫、シンシアの生命及び身体に害を加えることはしない。あなたのくれた情報は役に立つものだったし。」
図らずも、私が欲した『もう一押し』は手に入った。
これで対等。とは言えないけどそれなりに太后様と話せる。
あとは私自身の器量の問題だ。

「まぁ、それが一番自信ない訳だけど。」
「精霊王(イブリース)、何か?」
私は苦笑を浮かべて頭を振った。

「ねぇ、私もシンって呼ぶからさ、私の事はマナって呼んでよ。」
シンは従順に頷く。
その様子を満足げに見やり私は太后に会うために歩き出す。

ふと、足を止めて振り返る。
「シンシアがね、私はお兄ちゃんの妹だからどうにかなるかもって――」
「…あぁ、聞いていた。」
「私は私。お兄ちゃんはお兄ちゃんよ。私は今まで一度もお兄ちゃんになりたかったことなんて無いけどさ…」
お兄ちゃんは大好きだけど、私はお兄ちゃんではない。

「なんだろう。此処に来てからお兄ちゃんみたくなりたいなって、思うようになってきたの…シンシアに伝えて。」
ここはお兄ちゃんにならって大風呂敷を広げておく。
「大丈夫よ。吉報を待ってて。」

それだけ言って、私はまた歩きだした。

だから、私の後ろ姿にシンがどんな表情を投げかけたかのか分からなかった。




*******

人間の表情の作り方なんてまだ、分からない。
それはこれからあの愛しい少女と共にあるうちに少しずつ学んで行くことだと思っていた。
しかし、今シンの顔面には紛れもない恐怖の色が浮かんでいた。

この国の人間たちだけではない。
シン自身もまた、今は無力なあの人間を甘く見ていた。

彼女は知らない。
精霊(ジン)の愛が最終的には相手との同一化を望むことを。
初期段階では相手の魂のあり方を好ましく思うだけである。
それを越え、「この人間のようにありたい」と思った瞬間、彼らの好意は『恋』へと変わることを。

そして、今、彼女はおそらくその一線を越えた。

早く彼女を彼女の兄と共に異世界に送り返さなくては、シンシアに禍が及ぶ。
恋をした精霊(ジン)は相手が傷つくことを決して許容しない。
だから、もし今彼女の兄に何かあれば――

誓いをたててもらったのは正解だった。
シンは僅かに息を吐く。
これでシンシアが直接ハルトを傷つけない限り精霊王(イブリース)はシンシアを傷つけない。

シンはシンシアの元に変える為にその輪郭を滲ませた。
来るべきこの国の破滅は、しかしシンの『愛しい人』に累が及ばない限り、何の問題もなさない。

シンは、否、精霊(ジン)はそう言う生き物なのである。
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